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zoom RSS フォスターさんの郵便配達 エリアセル・カンシーノ 宇野和美訳 偕成社

<<   作成日時 : 2010/12/09 00:55   >>

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画像味のある、「人生」を感じさせる大人が出てくると、
児童書にはとても深みが出る。
最近の日本の児童文学やYAには、そういう作品が
少ないなあと思うんですが。
この作品は、1960年代のスペインを舞台にしたもの。
社会的な背景の中で、様々な過去を持つ大人との
関わりの中で、一人の少年の心が成長する瞬間を
詩情豊かに書きあげてあります。
だいぶ前に、この作者の『ベラスケスの十字の謎』を読んだ事が
あります。スペイン、という国に私は惹かれる所があります。
ゴヤや、ベラスケスがとても好きなのも理由の一つですが、
色んな意味で、光と影の濃い国だと思います。
そんなスペインの浜辺の漁村を舞台にしたこの作品に、
丁寧に撮られた上質な映画を見るような、そんなひと時を
過ごさせて貰いました。

主人公のペリーコは、スペインの漁村に父親と二人で住んでいる。
2年前に母を亡くし、それから父との関係もぎくしゃくしたまま。
学校も行く気力を失くし、嘘をついてサボってばかり。
かっては行きたかった中学にも、進学をあきらめ気味になっている。
毎日浜辺をうろうろしているペリーコは、ある日、村でたった一人の
イギリス人のフォスターさんと知り合いになる。
郵便局に届く、フォスターさんあての新聞を届ける役目をする事に
なって張り切るペリーコだが、その事に夢中になって、父親に
頼まれた、漁船の操業許可を貰うためのお金を落としてしまう。
困り切ったペリーコは、つい出来心で、最近はぶりが良くなった
ポルトガル兄弟の船にあったお金を盗んでしまう。
罪の意識にさいなまれたペリーコは、そのことを、変わり者と
皆に思われているイスマエルに相談する。
彼の話によると、どうやらポルトガル兄弟は、何か危ない仕事を
しているらしい。その彼らのお金を使ってしまったことで、ペリーコの
父親が、あらぬ疑いをかけられるかもしれないと知ったペリーコは、
金を盗んで、操業許可のお金を払ったことを、エレフン警部に告白する。
それがきっかけで、悪行を働いていた男たちは逮捕される事になり、
ペリーコにはお咎めなし、という結果になったのだが、ペリーコは
父親に、その事を全て話そう、そして、付き続けてきた嘘の道を
抜けだそうと決心する・・。

この時代のスペインは、非常に複雑な社会状況の中にあります。
戦後の長い間、スペインは軍事政権下にありました。
言論統制が行われ、本も規制の対象化にあり、小説や戯曲などの
表現の自由は認められていなかった。内乱の中で、同じ国民なのに
勝った側と負けた側に別れ、負けた側は犯罪者とされた事もあった。
ペリーコの住んでいるような村は貧しく、そして閉鎖的な場所。
エフレン警部などは、「本」を、体制にひび割れを作る、罪悪と考えて
いるくらいです。村の全ては生きていくことだけに必死で、本なんて、
ただの道楽にしか過ぎない、と想われている。
行きどまりのような、村。その中で、フォスターさんが見せてくれた
生活の為ではない、芸術としての写真に、ペリーコは新しい目を開かれます。

ペリーコも、よく水平線をながめる。その果てしないひろがりの意味を
自分に問いかける。とうてい自分の中におさめきれない無限を目にすると、
自分がとてもちっぽけで、とるにたらない存在に思えてくる。
・・・そんな事を考えていると、心がざわざわして胸が苦しくなり、自分の
人生にはなんの意味があるのだろうと考えてしまうのだった。



この問いかけは、人として誰もが持つ思いであり、自分が自分であることの
出発点。写真。本。絵画・・フォスターさんは、ペリーコがいつも眺めている
景色の向こうに、地理的にも、精神的にも、遥かに広がる世界があることを
教えてくれます。そして、大人の世界の複雑さも。のんびりした暮らしをしている
だけに見えた彼は、新聞の特派員という目に見えなかった一面を持っています。
そして、人目を避けるように、ひっそりと暮らすイスマエルという男は、
実は内乱に敗れてのがれてきた男で、村人には文盲のふりをしながら、
実は本がないと暮らしていけない、元タイピスト。村で犯罪人のように言われて
いる彼は、ただその時の体制に所属できなかった、というだけ。
ペリーコは、大人の男たちの過去や、知らなかった一面、また、
一方から見た真実が、もう片方から見ると違ってしまうことを学びます。
村の治安を守ろうと必死になっているエフレン警部も、フォスターや
イスマエルから見ると、がちがちの、体制の手先。しかし、ペリーコに
とっては、自分の盗みを、捜査に協力することでとがめなかったいい人・・。
何が正しくて、何が正しくないのか。皆がそれぞれの立場でしかものを
言わないのだったら、それは誰が決めるのだろう?ペリーコはそう考える
ようになります。

フォスターさんの写真に敏感に反応し、そんな大人の世界を客観的に
長める事の出来るペリーコは、優れた感受性と賢さを持っています。
つい、お金を盗んでしまった自分の心、そして、自分を取り巻く大人たちの過去と、
見えなかった一面を知ることで、ペリーコはおぼろげながら、
一つの答え・・・いや、自分の人生の原点ににたどりつく。
それは、「これからは、自分の考えを持つことにしよう」ということ。
そう思えた時に、少年は、嘘をつくのをやめようと思う。
母を亡くしてから、ただ空っぽの毎日を送っていた少年が、
『自分の考えを持つ』というなりたい自分になる一歩を踏み出そうとする。
その少年の柔らかい心に対する共感が自然に湧く、いい物語でした。

はたして、彼の決意は、うまく実を結んでいくのかどうか。
そこははっきりとは書かれないのだけれど、ラストに登場する、
漂泊してきたクジラが見せる美しい場面が、
少年の中に潜む、美しいものへの遥かな憧れと重なります。
最後にフォスターさんが撮ったポートレートは、ペリーコが進んでいく道の
始まりの一枚なんですよね。その詩情に、心打たれました。
やっぱり、ペリーコはカメラマンになるのかも。そうだといいなあと
思いながら、この本の頁を閉じました。
文章が美しくて、印象的な言葉がたくさんあって、それだけでも
読み応えのある一冊でした。翻訳された宇野和美さんの丹精がしのばれます。
作者のカンシーノ氏は、10月に来日して、公演をなさっていたんですよ。
ツイッターで情報を得て知っていたのですが、地方者のかなしさで行けずじまい
だったんですが・・。この作品を知って、行きたかったなあとしみじみ思いました。
公演の内容を、訳された宇野さんが、ご自分のブログで紹介されています。
良かったら、検索して行ってみてくださいね。

2010年11月刊行
偕成社

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