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zoom RSS 雛の顔 朽木祥 (鬼ヶ島通信 2011年夏号)

<<   作成日時 : 2011/06/24 15:22   >>

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「広島」の物語です。あの、暑い暑い夏の日、原爆が落とされた朝の。今、これを書いている今もとても暑くて陽射しがまぶしくて、私は一人、あの日のことを想う。あの日はいつかの遠い昔のことではなく、確実に今に繋がる、そして未来に繋がっていく「あの日」なのだ。

物語の始まりは、8月6日の朝です。出征している夫の陰膳が落ちたから、勤労奉仕にはいかない、と云いだした若い母・真知子。おっとり、ぼんやりしている癖に、妙に勘の鋭い彼女は、ふらりと一人でどこかに行ってしまう。乳母日傘で育った真知子は、器量自慢で桜に見とれて幼い娘を忘れて帰ってくるような性格で、あまり家事にも身が入らない。家のことをしきっているのは、しっかり者の真知子の母・タツなのだ。真知子の娘の昭子は友達と女学校に向かうのだが、駅に到着してすぐに、強烈な光に叩かれる。

とてもシンプルな物語だ。語られるのは、あの日と、あの日から後、昭子が寝ついてしまい、真知子が死んでしまうまでのあれこれ。枚数もあまり多くない。中篇くらいの物語です。でも、その中にぎゅっと家族と、その家族を芯にした周りの人々の、経糸と横糸がしっかり詰まっている。朽木さんの構成の上手さと文章力によるものですが、その緊密な文章には、「あの日」に向かう不穏な気配が初めから色濃く滲みます。ばっさり切られる桜の木。赤ん坊の昭子の頬の上に舞い落ちる花びら・・・。一面に降りしきる桜の中を歩く真知子の姿は、悲しいほど美しく、儚い。私たちは人生を、毎日の営みの中で蚕が糸を紡ぐように少しずつ張り巡らせている。その糸を一瞬で焼き切る地獄がぱっくり口を開けて待っていることを知っている私は、今年の3月11日、何度もテレビに向かって叫んだように、心の中で「逃げて」と叫び、どうか無事でいて、と焼けつくように思うのだが、その願いは既に届かない。昭子の見る、燃え盛る炎と桜の夢は、きっと生涯彼女が忘れられない、あの日の業火なのだと思う。そして、彼らに届かない私たちの声は、しっかりと「今」に、未来に伝えなければいけないのだ。

今年の3月11日に東北を襲った地震は、天災だ。しかし、昭和20年のあの日、広島を襲った地獄は、他ならぬ「人間」が引き起こしたこと。そして、震災の日に起こった原発の事故で、私たちはまた他ならぬ人間の手で、愚かなことを繰り返している。なぜ、広島と長崎という、大きな悲しみを知っている私たちが、こんな事故を引き起こす原発を容認してしまったのか。私たちは何を忘れていたのか。まず、そこから私たちは考え直さなければならない。・・・だから、この広島の物語は、何度も何度も語られなければならないのだと思う。あの日を、しっかり受け止めて見つめること。それが、私たちが繰り返してはならないこと、先々に大きすぎる罪として残してはいけないことを考えていく鍵になると、この物語を読んで、改めてそう強く思う。

千里眼、と言われた血を濃く受け継いだ真知子が、その日の朝に見た光景は、何だったのかは語られない。語らないまま、原爆症で若く美しいままに逝ってしまった真知子の面影を、黒く汚れた雛の顔に見、その澄んだ眼差しにみつめられて昭子は青空を見上げる。昭子は生きていかねばならない。私たちも、ここで何かを諦めてはいけないのだ。

広島は朽木さんのライフワークだ。『彼岸花はきつねのかんざし』(学習研究社)にも、その想いは深く刻まれているのだが、そのライフワークが今とリンクしていくことは、時代と深くかかわる、作家としての運命を感じさせる。しかし、それだけに、非常に重く大変な想いもしておられるのではないか。しかし、その営みは、今とても価値のある大切なことだと、私は一読者に過ぎない身でありながら、確信している。
先日から、『他者の苦しみへの責任』(みすず書房)という本を、少しずつ読んでいる。そこにも書かれていたが、他者の苦しみを写真として、映像として伝えることは光と影を伴う。ショッキングな映像は、少なからずコマーシャリズムの餌食になっていく面があるから。しかし、その苦しみを、言葉にすること、たった一人の人間の「心」に寄り添う物語にする営みは、これからますます大切になっていくのではないかと思う。膨れ上がった情報の波に潰されない、血と心の通った物語が、真実として伝わっていくこと。それはすぐに伝播するものではなく、時間のかかる営みではあるけれど、一番確かに「想い」を伝えるものだから。私たちは、想いを重ねて生きている。その想いを共にすることが、一番大切なことなのだ。この物語も、きっと、そのうち本になると思うので、たくさんの人に読んで欲しいと思う。

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ちなみに、この作品が載っている『鬼ヶ島通信』、全く存在を知らなかったんですが(汗)同人誌?と思うほど、執筆陣が贅沢です。編集顧問が佐藤さとるさん。巻頭が、斉藤洋さん。柏葉洋子さん、令丈ヒロ子さん、出久根育さん、末吉暁子さん・・・好きな作家さんばかりじゃありませんか!これは、嬉しい限りです。でも、令丈さんの連載が、2回め!ガーン・・・『あなうめっコ』一回目が気になるじゃありませんか。困ったなあ・・・。
『鬼ヶ島通信』は、ここから会員登録をして送ってもらうことが出来ます。もちろん会費が年に2000円かかりますが、興味のある方は、どうぞ。→http://onigashima-press.com/default.aspx

鬼が島通信50+7号
2011年6月5日刊行

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ERIさん、わたしも読みました。
>あの日を、しっかり受け止めて見つめること。それが、私たちが繰り返してはならないこと、先々に大きすぎる罪として残してはいけないことを考えていく鍵になる

ほんとにほんとにそうですね。
そして、「広島は朽木さんのライフワークだ。…」のあとの言葉も、ERIさんの深い思いに、気づかされることばかりです。

『雛の顔』を読むことができたこと、そのあとで、ERIさんのレビューを読ませていただいたこと、両方に感謝です。

わたしも『他者の苦しみへの責任』を読もうと思います。
ぱせり
2011/06/26 21:06
>ぱせりさん
私の拙い文章では、朽木さんの物語が語りかけることの、何分の一も伝えられていないんじゃないかと思っていて、不安ですが。自分の素直な想いを言葉にしていくこと、それが、今一番大切なんじゃないかと思って一生懸命書きました。その勇気を、またこの作品から頂いたように思います。ぱせりさんにコメントして頂いて、何だか安心しました。たくさん、この物語についてお話したいですね。ぱせりさんのところにも、また伺います!
ERI
2011/06/26 23:04

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