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zoom RSS オン・ザ・ライン 朽木祥 小学館

<<   作成日時 : 2011/07/21 01:04   >>

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画像何故かわからないけれど、それまでの人生が、一瞬で砕けることがある。ほんとにそれは全くの偶然の積み重ねだったり、それこそ天災だったりするのだけれど、そのことが起こる前と起こってしまった後では、まったく違ってしまう何か。そんなものに襲われたことのない人生なら、どんなにか嬉しかろうと思うけれど、人間そんなわけにはいかない。そこから、どうまた歩き出すか。その辛いところを、正面から描いた朽木さんらしい、直球のYA物語です。前半の、テニスと友情と、美しい人に対するほのかな恋、という輝かしい青春がまぶしければまぶしいいほど、後半の主人公たちの苦しみが切ないのですが、物語に描かれている部分の奥をいろいろと考えながら、思わず何度も何度も読みました。それだけの読みごたえのある一冊でした。

主人公の侃(かん)は、活字中毒の体育会系。高校で、貴之という友達に誘われてテニスを始め、見事にテニス三昧の日々を送るまっとうな男子高校生だ。侃というのは、「垂直に、空に向かってまっすぐ伸びる」という意。まさにその通りの性格、と云いたくなるところだが、これは多分代々文筆を生業とする血のせいで、実は詩や本を読んだり絵を見たりするのが好きな、感じやすい一面を持っている。それに対して、親友となる貴之は、ウルトラフェアで頭も切れる理系で、長身の、まさにナイスガイ。この二人を中心にした、花の高校生活の楽しそうなこと!舞台は古い伝統のある元男子高で、どちらかというとバンカラな気風。元男子高って、ヘンな伝統があったりするもんなんですよ。大体、男子っていうのは集団にしとくと、おバカさんな方に傾きます(笑)闇鍋とか、やたらにいきなり脱ぐ「脱ぎキャラ」とかがこの物語にも出てきて、思わず大笑いしましたが、こういうのうちの母校にもあったなー。おバカなことを、ほったらかしでさせてくれる余裕があるのが伝統高の面白いところですが、そういう雰囲気が何だかとても懐かしかった。こういうのって、今も残ってたりするもんでしょうか。どうなんだろう。
そんな自由な校風の中で、くたくたになるまでテニス、テニス、テニスの日々。相棒の貴之はテニスクラブの経験もあるテクニシャンだけれど、何しろ高校から始めた侃は、がむしゃらにやるしかない。でも、とにかく若いから、やればやった分だけ強くなる。始めたところだから、何もかもが新鮮で、がむしゃらにやることが面白くて仕方ない。そんな侃の新鮮さに、また貴之もテニスの面白さにのめり込む。もうまさに青春の一時期にしか味わえない、黄金の日々がまぶしく輝きます。もうね、ほんとに楽しそうなんですよ。うらやましいくらい。こんな青春なら、ずっとずっと続いて欲しい、というくらい。

その眩しい日々の光源は、侃にとっては貴之という親友なんですね。「正々堂々と闘って勝ちたい」貴之は、努力も人一倍だけれど、そこを見せない気概もある。その親友が、全身全霊でサーブのショットを練習するところを見た侃が貴之のことを、魂が輝くようだと思うシーンが、私はとても好きです。友達のことをそんなふうに思えるなんて、なんて幸せなことだろう。
でも、そんな眩しい青空に、恋という悩ましい陰りがやってきます。図書館でみつけた、儚げで美しい、画集を眺める少女・・・思わず一目ぼれした梓という神秘的な美少女の横に、そっと寄り添う親友の姿を見つけてしまうのです。その二人を見ただけで、自分の入り込む余地はないと、侃はわかっている。でも、「詩を読むように絵を読む」という梓の精神性に、元々詩が好きな感受性を持っている侃は強く惹かれる。そして、もし、彼女の横に自分がいるのなら・・と想像する。憧れの女性と、憧れの親友が一緒にいるのを見ると、自分が仲間はずれになったような気になる。こんなこと、恋する人間の心の動きとして、当たり前のことです。でも、そんな自分の心の動きを許せないようなことが、この後起こってしまう。起こってしまうんですよ。

それが何かは、ネタばれになるので書きませんが。それを、自分のせいだと思う侃は、長いトンネルのような日々に突入してしまうのです。ここからが、この本の本当の読みどころです。

私がとても素敵だと思ったのは、傷ついた侃を取り巻く人々が、とても静かなこと。大騒ぎしない。「学校やめてやる!」と叫んだ侃に、「そうなさい」とあっさり言う母親を始めとして、どこにいるのかわからない、風来坊の父も、侃にやたらに何か聞いたり、慌てたりしない。侃は、その父の勧めで、瀬戸内海の小島にいる祖父のところにいくんですが、まだらボケになりながらの、昔のキレモノの気配を残したこの祖父がまたいい味を出しつつ、侃をほったらかしてくれるんです。完全にほったらかすんじゃない。見守りつつほったらかしてる。侃が、少しずつ心の弾力を取り戻すまで、何にも言わないで見ていてくれる。この後半に出てくる、侃の周りの大人たちがとても深みがあっていいんです。どうやら、祖父と、父と、母の間にもいろんなドラマがあるようなんですが、そのはっきり書かれない部分から流れてくる味わい、教養と人生経験、恐らくは激しくあっただろう、それぞれの人生における闘いが培ったしなやかな強さが、少しずつ侃の中に沁み込んでいくのが、感じられます。逃げずに、まっすぐ闘ってきた人間の気概が漂うんです。たくさん物言わずとも、そこがちゃんと侃に何かを語るんですね。そこがいい。
そして、面白い趣向なんですが、そのゆっくり流れる時間の合間に、登場人物たちがやりとりされる絵葉書が挿入されるんです。その絵はタイトルと作者が書かれているだけで、実際の絵は書かれていないんですが、それらの物言わぬ絵が語るものが、胸に沁みていく気配は、とても大切な部分だと思います。・・・それは、島の8歳の苦労人、カラス坊が差し出してくれた冷えたトマトのように、大切な何かを語ってるんですね。この絵葉書の絵、知っているのもあり、知らないものもありなんですが、それを一枚一枚思い出して感じていくことで、言葉にされない彼らの想いが、そっと沁み込んでくるように思いました。その想いが、ゆっくり、ゆっくり、侃の心に貼った膜を剥がしていく。一番辛いのは、自分を許せないこと。そうなんですよ。ほんとに、人間が一番つらいのはそこだと思います。自分の弱さ、醜さを見つめるときの、辛いことったらないです。「どうやったら自分を許せるようになるのさ」と苦しむ侃に、瀬戸内の風景や子どもの濁りない眼差しが、ゆっくり何かを語りかけます。そこを、気配で書き切った筆力がさすがです。

そして侃は、長い夏休みを経て、また自分の場所に戻ります。元通りにはなれないけれど。また、光のさすテニスコートの上に帰っていきます。そこで侃が手にした想いは、弱虫の私を励ましてくれました。壊れてしまっても、またやり直せばいい。かけがえのない一球を打ち込めばいい。その勇気を、ぎゅっと掴む侃が、眩しかった。そして、その侃に「第一セットが、やっと終わったばかりだからな」と言う貴之の言葉が眩しかった。彼も、どんなに苦しんだか知れないのに。ほんと、最後まで貴之はかっこいい。

キラキラした物語前半に降り注ぐお日様のような光。物語後半の、そっと掌で暖めるような、心の中で自分が灯していくような光。どちらも素敵だけれど、苦しみの果てに、自分で灯したあかりは、何かに消されてしまうようなことはない、かけがえのないものだと思う。しんどくてもね。俺って、カッコ悪いって言える侃は、かっこいい。オールマッスルズの男子でも、文系の活字中毒患者が読んでも、とても楽しい一冊だと思います。物語のあちこちに散りばめられてる、本のタイトルや、漢詩、詩の一節に触れるだけでも、とてもいいと思う。ご自分の教養を、惜しげもなくつぎ込む朽木さんのスタイルが、贅沢で私はとても好きです。いやー、侃に負けないように、もっと本読まなくちゃ。

2010年7月刊行
小学館

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ERIさんのレビュー、楽しみに待っていました。
わたしもこんなふうに書きたかった〜(笑)
侃にとって貴之が光源って、ほんとにほんとですね。
互いにそんな光源を持って眩しい日々を過ごせる高校生、羨ましいです。
侃を取り巻く人々の静かさ、瀬戸内の風景も、ゆ栗の時間の流れも、とってもよかったですね。
そして、たくさん本が読みたくなりました。
ぱせり
2011/07/21 14:52
>ぱせりさん
すっかりおばちゃんの感想になっちゃうんですけど(汗)若いっていいな、青春っていいな、って素直に思ってしまいました。また歩き出した侃は、さぞかしいい男に成長するでしょうね!
この物語に流れる時間がとてもいいですよね。静かに考え、回復できる場所。この本自体がそういう場所になっているなあと思いました。
そして、やっぱり本が、たくさん読みたくなりますね!
ERI
2011/07/21 21:45
く〜!何度泣いたか!
「オン・ザ・ライン」は私の今年イチオシですわ。
息子がテニス部です。試合の日、「この一球は唯一無二の一球なり」で頑張ってとメールで送ったら、それ、知ってる。部室に貼ってあるよ、って。知ってたの?なら、なおさら「オン・ザ・ライン」を読まないかん!ぐいぐい薦めました。応援に来るお母さん達にもいいよ〜!と薦めちゃいました。司書根性です。
catseye
2011/12/23 12:02
>catseyeさん
やっぱり、泣かれましたか?私も同じです。何度も読んで、何度も何度も泣きました。この作品、私も今年のイチオシです。
息子さん、テニス部なんですね。これはもう、是非是非この作品読まなくちゃですよねえ。この作品が出たとき、個人的に落ち込むことがあって、余計にこの物語の言葉が胸に沁みました。これからも、何度も読み直すと思います。いい本って、人に薦めたくなります。私のこのブログも、その司書根性から出来ています(*^-^*)
ERI
2011/12/23 22:51

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