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zoom RSS ある一日 いしいしんじ 新潮社

<<   作成日時 : 2012/04/20 00:29   >>

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画像命が生まれる特別な一日を描いた小説です。いしいさんの筆が、父になった誇らしさに満ちてます。もちろん、生まれてくることは喜びだけではなくて、不安とか、畏れとか、悲しみとか、そんなものと一緒に生まれてくるのだけれど。出産という特別な一日から広がる時空が、全ての命と繋がっていく様子が、何ともドラマチックで輝きに満ちてるんです。いしいさんの物語が編んできた、水や、音楽や、食べ物、つまり命の記憶も、ここに全部繋がっているような気がしました。

物語は、京都の町を歩く夫婦の様子から始まります。京都は私も縁が深い町なので、彼らがたどる道筋も、「ああ、あそこ」と目に浮かぶ。私の目に浮かぶ京都と、いしいさんの紡ぐ物語の中の京都がゆらゆらと揺れて、滲んで、二重写しになっていく・・のっけから、いしい節に酔わされます。いしいさんの京都は、ところどころに異次元への口がぽかっと開いて、そこから過去が、記憶が、溢れてくる。溢れて溢れて、海になる。舟の船首を飾る女神のような母の園子さんは、その海を「生むもの」の威厳を漂わせて、怒涛の出産にこぎ出していくのです。

おとぎ話の魔法使いのような老婆が売る松茸や、錦市場に白く輝く身体を光らせて横たわる鱧。キューバの聖地エル・コブレ。マリアナ海嶺で泳ぐウナギの稚魚・・・全てが連なりながら、園子さんの胎内に繋がって、生まれてくる子のへその緒に息吹を送りこむ。生まれて、死んで、死んで、生まれて・・くり返してきた全ての生と死と、新しい命は繋がっているんだと。その実感が、いしいさんの筆先から迸って、暖かい羊水となって私の顔を濡らしていくのを感じました。何とも見事なイメージの奔流です。特に出産の一部始終は圧巻でした。父と母と子が、出産という至福と畏れの中で輪郭をなくすように一つに溶け合う時間・・・でも、印象的だったのは、その一瞬が過ぎて、おのおのの輪郭を取り戻したあとに、赤子を抱きながら立ち尽くす父の姿でした。全き喜びを抱いて生まれてくる命は、同時に苦しみも悲惨も抱いている。そのことをじっと抱きしめ、何かから守ろうとする父。ああ・・そうなんだよな、と親であることの旅を始めた背中に心を重ねました。

装丁も、愛情に満ちた優しい雰囲気。赤ちゃんは、新しい命は、やはり希望であり、光です。その光が照らし出す命の理を、言葉であまねく書き記そうとする小説家の営みに心打たれました。ほんとに、息子さんがご無事に産まれて良かったなあ。父となったいしいさんの言葉の力をひしひしと感じる一冊でした。

新潮社
2012年2月刊行

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