しずかな日々 椰月美智子 講談社

画像思い出すたびに鮮明になるような、特別な日々の思い出がある。
それって、思いがけずその後の人生の芯になったり、支えになったり
するものなのかもしれないなあ。この物語の光輝が過ごした、この
夏の日々は、きっと思い出すたびに輝いてみえる日々なんだと思う。
それがなぜか、最後まで読んでわかるんですが、それがまた切なくて
余計に、このひと夏が彼にもたらしたものが、愛しく思えます。

主人公の光輝は、小学五年生。父親は彼が生まれる前に交通事故
で亡くなってしまったために、顔も知らず、母親と二人で暮らしている。
友達もおらず、ただひっそりと、目立たないで暮らす毎日。
母親と二人ということで、「もの悲しい」イメージだと自分で思っている、
そこからはみ出さずに生きているような毎日・・。
これは、思うに、母親がそう強く思っていることが、光輝にそのイメージを
強く植えつけているんじゃないかな、と思う。
たとえば、瀬尾さんの「卵の緒」の親子、そして北村薫さんの「月の砂漠を
さばさばと」の母と娘なんかを思い出しても、この光輝と母親の暮らしは
わびしい。遊びや、余裕がない感じ・・。それは、また伏線にもなってますが。
その世界が、五年生になって、押野という元気で楽しい男の子と仲良く
なったことから世界が変わっていく。野球に誘われる。バットを買いにいく。
家に遊びにいく、あだ名で呼ばれる・・・。これまでなかったその世界のキラキラが、
光輝の世界を染めていく。無色だった光輝の世界が、色づき始める・・。

ところが、母親が急に引越しをする、という。それも、今の仕事をやめて。
そうしたら、また今のせっかく輝きだした生活を捨てなければならない。
そして、なんだか妖しい女の人と、占い、というよくわからないものを仕事
にしようとする母が、光輝はおそろしかったりするのだ。
初めて翻した、反旗。そして、初めてした選択。それは、母親とではなく
これまでほとんど交流のなかった祖父と暮らすことだった。

アパートではなく、どっしりした古い家。何代にもわたって人が住んだ記憶を
染み付かせて、愛されてきた、縁側と大きな庭のある、家。そこに澄む祖父は
やはりどっしりした大きな人だった。けっしてご機嫌をとったりしてこないが
しっかりと光輝を愛して大切にしようとしてくれる気持ちは、ちゃんと光輝に
伝わる。このおじいさんが握ってくれる、大きなおにぎりが美味しそうで・・。
生活に、芯のある、揺るぎない世界と安心が、光輝に忘れていた子供らしさ
を取り戻す。大きな隠れ家のようなその家は、押野や他の友達も交えて
格好の遊び場になり、くつろぎの場になり、光輝と友達をゆっくり包む。
その夏の輝き。かけがえのない、ひと時。静かに流れる時間・・。
それが淡々と書かれているこの物語に流れる時間の心地よさに、
昔の夏休みを思い出し、もう長らく会わない友達の顔を思い出したり、した。

光輝の母は、それから自分で新興宗教を初め、「時の人」になってしまったらしい。
それは、最後にちょっと書かれているだけなのだが、その母の初めの変化に
驚く光輝の気持ちを思うとこちらまでドキドキしてしまう・・。
あの時、母と一緒にいってしまっていたら、変わり続ける母にひたすら翻弄され
どうしようもなくなっていたに違いない。光輝はその後二度と母のもとには
行かなかったらしい。この家に、ずっと彼はいる・・・。
その彼が、たとえ離れてくらしていても、そのことにどれだけ振り回され、
人との付き合いにも苦労したことか、想像に難くない。
それだけに、この家があり、あの輝く日々があり、何も先入観をもたずに
付き合った友情の日々が、彼にとってどれだけ大切だったことか。
それを思い、切なくも、ほっとするのだ。光輝に、ここがあってよかった。

静かに自分の人生を受け入れて生きていくこと・・・。
その中で日々を愛していくこと。そうするにはどうしたらいいか、光輝は
おじいさんに教えてもらったんだな・・。胸に心地いい小説でした。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php


この記事へのコメント

小葉
2007年01月29日 09:20
無色の世界が色づき始める…私も同じように感じました。
押野や他の子どもたちに邪気がないのも心地よかったです。
小学5年生の頃って、娘たちの同級生の男の子のことを思うと、
ちょっと大人びてくる女の子に比べ、素直で可愛かったなぁ。
光輝の母親は危うい感じでしたが、おじいさんや椎野先生など、
後ろからしっかり支えてくれる大人の存在がよかったです。
2007年01月29日 22:58
>小葉さん
小学校高学年の、男女の精神年齢の差というのは、まさに計り知れないほど隔たりがありますね(爆)それが、男の子の可愛さでもありますが。
本当に、光輝に、この家とおじいさんがもしいなかったら・・。それを考えると少しぞっとしました。自分のことをわかってくれる存在、いうのは大人でも子供でも、ありがたいものですね・・。