![]() 過去と今が交錯し、その「場」の中で時空が繋がり、人々の様々な感情に リンクしていく。葉ずれのざわめきと共に、過去と現在が交錯する・・。 千年の時を、ただじっと生きる「樹」の強さに対する畏怖の念。 底知れなさに対する恐れが、物語に幻想性を添えている。 「押入れのちよ」の系列かと思うが、私はこちらの方が面白かった。 「萌芽」 読んでいて、冷や汗が出る感じ。ギリギリに追い詰められて山中を さまよう絶望感・・「生」に対する執念が、このあとの物語にも、影になって ずっと漂う。樹海を彷徨い、一縷の望みを抱いて山頂に向かう、もうその 時には、絶対に絶望が待っていると予測がつくのが、また切ない。 その壮絶さと対照的に描かれる、現代の「生」の薄いこと・・。 どちらも悲劇なのだが、その軸が、決定的に違うのである。 それをあぶりだす筆致が、見事。ひきずりこまれました。 「瓶詰めの約束」 先日読んだ「ブラッカムの爆撃機」を思い出してしまった。 空襲、というものの怖さ・・。たった二機の飛行機の恐怖がいまだ醒めないアメリカは、 やはり世界の中でも、特異な存在なのだろうと思ってしまう。 もちろん、私も直接しっているわけではないけれども・・。 自分の住んでいる町が、火の玉になって燃えたことがある歴史を 食べたことがあるかないかは大きい。 荻原さんの文体には、独特のぬめり感があって、逃げる誠次をどこまでも 追いかけてくる「死」の描写が、恐ろしい。 「梢の呼ぶ声」 待ち人、来たらず。来ない・・こんなところで待っていても、絶対来ないよ、と 初めから思う、切なさ。なぜ来ないのか。二人の女が待つ来ない人の理由が 月明かりの中で語られる。 楠の細かい葉の間からもれてくる月光が照らす、今にも胸から石になって 転がりだしそうな切なさが、ぼんやり光る・・。 それを、自分の胸の中で転がしてみたくなる・・。佳篇です。 「蝉鳴くや」 「今朝、ママンが死んだ」というカミュの異邦人をちょっと思い出した。 自分の置かれている状況の滑稽さに、プツっと切れてしまいそうに なる時の、あの膨れ上がる感じ。周りの状況に耐えられない、と思いつつ 一番耐え切れないのは、そんな場所にいる自分自身なのだ。 これは私だけなのかもしれないんですが。 自分のしたことが恥ずかしくて寝られなくなってしまう夜なんか、 自分をよく切れる刃物で、三枚に下ろす妄想に囚われます。 そう、お魚をおろす感じ(爆) ごく事務的に、冷静に手順を考えながら自分を下ろしているうちに、 なんだかやっと眠れたりする。 だからかしらん・・刃を眺めているうちに、プツっと・・うわあ。これ、ほんとにやりそうで 神経にこたえました。 「夜鳴き鳥」 暴力をふるうことに、何のためらいも持たない、ということに対する生理的な 嫌悪・・というか、不可解さって、ぬぐいがたいものがありますよね。 その、暴力をふるう人間の底に、黒々と横たわるわびしさや、脆弱さ、もろさ。 ぼろぼろと崩れる腐った骨のような、その本質が、透けて見える。 楠は、全てを包み込んで、ざわめく・・。 「郭公の巣」 「赤ちゃんポスト」て、出来たじゃないですか・・。 その趣旨には、多少なりとも、仕方ない面もある、と思います。 でも、「赤ちゃん」と「ポスト」っていう、その言葉の組み合わせが、イヤ。 子どもを捨てるって、大変なことですよね? それを、そんな軽い言葉で表現する、っていうのが、どうもイヤです。 大事にせなあかんことが、なんか無視されてるような気がする。 そこに、置かれる子どもの気持ちは、どうなるんかなあ。 私やったら、まだどっかの玄関においとかれるほうが、マシやと思ってしまいそう。 「赤ちゃんポスト」に入れられるよりは・・。 いつの世も、子どもを育てるのって、ほんまに大変なこと。 でも、自分の手で育てられない苦しみは、母親なら想像できる・・・。 それ以上に辛いことはない、って思うのは、私が幸せな母親やったからやろうか。 誰も、愛されるために生まれてきたたった一つの命やものね。 「バァバの石段」 これは、いい話やったなあ・・。うん。男は気概やね。 愛情を一つずつ積み上げていくって、石段をつみあげるより、難しいことで ございます。その始まりの。一通の手紙が、ドラマチックでした。 「落枝」 千年の樹齢を持つ樹の、最期。 でも、その最期も、壮大な始まりなんやな、と。 何もかもを飲み込んで、ただ静かに時を紡ぐ・・・・。 「樹」に対する畏敬の念は、やはり人なら、誰でも思うことがあると思う。 暑くても、寒くても、ただひたすらそこに、いる。 動かず、語らず、命を脈打たせる、決して人にはできない日々。 だから、人は、大きな樹に惹かれてしまうんやろうな。 その中で、私たちには抱けない想いや、考えを樹は持っているのかもしれない、と 想像したりする。長い長いサイクルの、私たちには聞き取れない言葉を 発しているかもしれない。その営みと、人という、大きな洞を抱えた生き物との かかわりと、対比。時は、あるがままに流れていく。それを、幻想的で、かつ生々しい角度で 切り取った、面白い一つの世界だったとおもいます。 荻原さんの作品は、私には当たり外れがあるんですが、これは私としては当たりでした。 おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php |
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千年樹*荻原浩
☆☆☆☆・ 千年樹荻原 浩 (2007/03)集英社 この商品の詳細を見る 木はすべてを見ていた。 ある町に、千年の時を生き続ける一本のくすの巨樹があった。千年という長い時間を生き続ける一本の巨樹の生と、その脇で繰り返& ...続きを見る |
+++ こんな一冊 +++ 2007/05/06 08:40 |
千年樹 荻原浩
装丁は松田行正+日向麻梨子。「小説すばる」2003年12月号〜2006年12月号掲載に加筆修正の短編集。 ・萌芽:襲われて妻子と共に逃げる国司の公惟。いじめから自殺を計る星雅也。 ・瓶詰の約束:太平洋戦争下の誠次の宝物& ...続きを見る |
粋な提案 2007/05/17 12:47 |
荻原浩『千年樹』
荻原浩『千年樹』 集英社 2007年3月30日発行 ...続きを見る |
多趣味が趣味♪ 2007/05/27 22:07 |
荻原浩【千年樹】
中学生の雅也は、悪質ないじめに堪えかねて自殺を考える。大きな木の枝にロープをかけたとき、どこからか歌が聞こえてきた。子供の声だ。 ...続きを見る |
ぱんどらの本箱 2008/03/18 10:12 |
内 容 | ニックネーム/日時 |
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今は今だけではありえず、人もひとりだけでは存在し得ない。 |
ふらっと 2007/05/06 08:44 |
>ふらっとさん |
ERI 2007/05/07 01:52 |
時代を超えて交錯するふたつの物語。どんな接点を持っているのかに惹かれながら読みました。それぞれに抱える辛さや苦しみ。変わることなく受け継がれていく人の思いが伝わってきました。 |
藍色 2007/05/17 12:28 |
>藍色さん |
ERI 2007/05/17 17:30 |
こんばんは! |
tomekiti 2007/05/27 22:16 |
>tomekitiさん |
ERI 2007/05/29 01:24 |
昨日と本日、他のウエブリブログの方からのトラバが通りました。トラバ直ったのかもです。お手数ですがちょっとお試しくださるとうれしいです。過去の未到着分、手間を減らすためにURLつきで下記に書いておきますね。 |
藍色 2007/07/13 16:37 |
トラバ、無事に4つとも届きました!。うれしいです。でも、ほかの記事のもいっぱいコメント寄せていただいてて…また、うかがうのが遅くなっちゃいそうです(汗)。 |
藍色 2007/07/14 00:44 |
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