みずうみ いしいしんじ 河出書房新社

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この何日か、ずっとこの本を抱えて、読みかけては眠り・・眠っては起きてこの本を読み・・コポリ、コポリと音を立てる湖のほとりをさまよっていたのだ、イエー・・。

たゆとう、という言葉のように、「水」の織り成す幻想をずっと旅してまどろみました。湧き出し、満ち溢れて引いていく、命の気配。いしいさんの世界・・言葉がからみあい、緊密に結びついて浮かび上がる。密度とぬめりのある、言葉がさすがです。なんだかもう、理屈も何もなく、ぼんやりとその世界を旅しました。


特に第一部の、みずうみのほとりの村の物語は、圧巻です。デジャ・ブ・・いつか、昔、この村で暮らしたことがあるような。月に一度、村を覆う水に足首まで漬かって、深く眠る人々が語る物語を朝まで聞いていたことがあるような・・・。私は、確かにここにいた。そう思う自分から、水が溢れ出すような感覚を覚えてしまう。意識が水となって流れ、自分と他の境界線をあやうくする。




・・・兄さんたちそれぞれの声はぼくたちのなかで、風景や出来事「そのもの」となる。・・・


その言葉通りに、いしいさんの紡ぎ出す世界は、その時心に映る風景をそのまま現出させて、目の前を流れていくようだ。

第二部、第三部は、このみずうみに暮らしていた人々の、子孫の話なのだろう。帰るべきみずうみを失った、彷徨う民。しかし、その体の中には、みずうみが変わらずたゆたい、時折意識の壁を突き破ってあふれ出す・・。地下で繋がる洞窟の水脈のように。第一部で、深く眠る兄さんたちが語る物語は、このはるかな未来の物語ではなかったか・・・。巡り、回帰していく水のように全ては流れ、たゆたい、循環しているのだ。

子どもを妊娠しているとき、いつも感じていたのは、自分の中に過剰にある命と水の気配だった。破水したときの、あの、脚をつたった水の感触と、このみずうみの水は、似ていないか。第三部にでてくる「慎二」という男は、作者であるいしいさん自身とイメージが重なる。自分の周りにいる、大事な人が「水」という命で繋がる感覚・・「ポーの話」も、水の話だったなあ。この幻想は、いしいさんの中に深く根ざしているもののようだ。鋭い作家の感性は、人の無意識の底に眠るみずうみを溢れさせる・・・。

ここに、まだアップしてないんですが、Sちゃんが物凄い「水」の連作を写真にしてます。このいしいさんの世界と繋がるようで、なんだか不思議な感じがしました。日を変えて、また紹介しますね。先日紹介した「水」シリーズは、こちら。

http://oisiihonbako.at.webry.info/200705/article_18.html

感じてください。
こういう感覚の繋がりって何だろう・・エーウーア・・オーエ・・。





おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/detail.php?book_no=001188


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この記事へのコメント

ふらっと
2007年07月08日 08:28
>この何日か、ずっとこの本を抱えて、読みかけては眠り・・眠っては
起きてこの本を読み・・コポリ、コポリと音を立てる湖のほとりを
さまよっていたのだ、イエー・・。

この本のいちばん正しい読み方のような気がします。これ。
水って静かだけれどとても不思議で強いパワーを内包しているのだと改めて思わされました。
2007年09月18日 22:48
ERIさん、こんばんは(^^)。
あふれ・たゆたい・流れ・引いていく、みずうみとひとの物語、幻想的で美しかったですね。
読み終わった後も、みずうみの呼び声がいつまでもこだましているような気がしました。
~~アーイー、ウエー・・・。~~
ERI
2007年09月19日 20:12
>水無月・Rさん
こんばんは。命がこめられた、いしいさんの真摯な思いがいっぱい詰まった物語でしたね。物語から流れる音が、私の胸にも、いつまでもこだましました・・。