仏果を得ず 三浦しをん 双葉社

画像
しをんさんが文楽にハマっている。
これは、かなり重症にハマってはるんやなあ・・というのが
読んでの感想。描き出されてる文楽の世界は、かなり漫画
チックにデフォルメされているが、しをんさんが「文楽」という
芸能に惹かれている、その深いところは、少し覗けた気がした。

主人公は、健という、まだまだ駆け出しの文楽の太夫。
豪放磊落な師匠に頭をどつかれながらも、文楽という深い深い
芸能の闇に、引きずり込まれてしまっている男。
その彼が、兎一郎という先輩格の三味線とコンビを組むところから
物語は始まる。与えられた役どころの演目に四苦八苦し、壁にぶち当たり、
格闘する健。気難しくて「変わり者」と称される兎一郎は、その心に
大きな悲しみを抱いているらしい・・・。

太夫としては、健は駆け出しも駆け出し、まだまだひよっこも同然。
何しろ、この物語にも出てくるが、文楽という芸能は「長生きも芸のうち」
60歳すぎて、やっと芸が練れてくる、という恐ろしく深い底なし沼なのである。
先日なくなった玉男師匠も、「一生勉強できるのが、文楽のええとこ」と言って
おられたし、名人と言われた越路太夫も「人生が二回ほしい」といっておられた。
現在人間国宝の住太夫さんも、越路さんに、よく稽古をつけてもらいに行って
おられたし(人間国宝になりはってからですよ)「ここまで」というものがないん
ですねえ。ただ、人は、絶対に死ぬ。そして、体力が尽きるときが、やってくる。
芸が深くなり、自由自在の境地に入るまでがあまりにも長く、しかも、その時には
「老い」というものが、セットでやってくる。大変なんです。でも、それに一旦
とり憑かれると、もう抜け出せなくなるもんらしい。
それは、見ててもわかります。

だってねえ。その非常に高齢の方たちの描き出す世界の、なんて初々しいことか。
曽根崎のお初なんて、19才ですよ。その一途な恋心の、切なさ、悲しさ、愛しさ。
それを、70、80というお年になった方たちが、よってたかって再現するわけです。
ふと見上げる視線の先ひとつにも、恋する乙女の純な色気が漂いますから・・。
「芸の力」というのは、なんて凄いもんなんやろか・・と背中がぞくぞくします。
文楽は「語り」が重要な位置を占める言葉の芸術でもあります。
その戯曲の一つの言葉にこめられている「人間」の心情を、どう描き出すか。
伝統の型の中に、どう自分の命を吹き込むか・・・。
歌舞伎のように、生まれた家が全てを決める世界ではなく、ただ実力だけが
ものをいう世界なだけに、そこにはまり込んでいくと、ほんまに果てしないやろう
と思います。そして、逆にいうと、それに限りなくはまり込んでいく人だけが、
名人と言われるようになるんでしょうね。

その入り口にいる健という男。彼が、「女殺油地獄」「ひらかな盛衰記」
「心中天網島」「仮名手本忠臣蔵」・・・などの演目に、自分なりにぶつかって
いきながら成長していく姿が描かれるのですが、これはなかなかうまい
書き方だと思う。だって、若い人は、こんなお芝居、ほとんど知らないでしょうし。
名作、と言われる作品を扱うことで、文楽の初心者向け解説にもなってますね。
まあ・・それぞれの作品の解釈は、まさにしをんさんの独壇場で、読んでいて
なかなか面白うございました。何しろ、昔のお芝居です。粗筋は、荒唐無稽・
こじつけもええとこ、ちょっと、これはいくらなんでも・・という展開など、当たり前。
しをんさんも、大分そこに自分なりの疑問を感じつつ、どうそれを解釈したら
ええか、あれこれ模索してはりますね。
昔、学生のころに文楽を見ていたとき、私も同じように思ってました。
現在の常識や考え方と、はずれる部分が多いんですよね。
しをんさんは、そこに、自分なりの解釈をきっちりつけようとしてはります。
そこが面白くて読みどころなんですが、私は、個人的には、そんな解釈は
ほぼどうでもよくなってきた、最近(笑)
文楽にかかるお芝居はたしかに理不尽なことが多いんですが、この人生、
理不尽なことばっかりで出来上がってるなあ・・・と、生きれば生きるほど
思うことが多い。
そんな混沌のなかで、一生懸命、泣いたり笑ったり、はたから見たら滑稽な
理由で、もう死ぬの生きるのと大騒ぎしている登場人物たちが、そのまま
やっぱり人間そのものなんやなあ・・と思ったりします。
演じるほうも年季がいるなら、見るほうも年季がいるんかもしれませんねえ(笑)

文楽は、太夫、三味線、人形、全部が揃っての芸術。「人」が演じるのやない
からこそ、そんな「人間」の心情や悲しみが、非常に純粋な形で現出されると思う。
そこに身を浸す一瞬のよろこびを、しをんさんが感じておられるのが、とてもよく
伝わってきました。文楽という芸能にとっては、こんなファンの方が増えてくれはる
ことは、とてもええことやし、嬉しいことですね。
・・・書いてるうちに、段々大阪弁になってきた(笑)しをんさん、この本
かきはるのに関西弁に大分苦労しはったんとちゃうかしらん。
大丈夫、上手にできてます。
健がもともと関東の人間なんは、しゃあないですね。心の中のセリフまで
関西弁で書くのはしんどかったんやろねえ。健の住んでるラブホテルが、
ほんまに大阪にありそうなラブホテルで、笑いました。

読んでいて非常に切なく思ったのは、兎一郎の、昔に死んでしまった月太夫の
話。40代の半ば・・まさに、これからという時に亡くなってしまった月太夫。
これは、私に、同じように亡くなってしまわれた何人かの方を思い出させます。
その時の、悔しさ。そう、悔しいんですよねえ・・。ほんまに、「長生きも芸のうち」
なんです。

呂太夫さんという、非常に文楽に情熱的な、太夫さんがおられました。
まだ学生やったころ、文楽を素人の目線であれこれしゃべくり散らかして
いた私たちのサークルと、ちょっと揉め事があったりしたこともあって。
今から思うと、呂太夫さんのその気持ちは、芸に必死になってはる
方の生真面目さやったと、よくわかります。
その後、ちゃんと仲直りもしたりして、なにやら印象に残る方だったんです。
その呂太夫さんが、まさに一皮剥けて、さあ、これから、というときに亡くなりはった。
最後に聞いた酒屋のお園は、まさに圧巻の出来でした。
なんて上手になりはったんやろ・・そう思ったときに、急死されて、非常に
驚き、悲しく思ったんですが、その葬儀で。呂太夫さんの奥様が、
住太夫さんに、「申し訳ございません。死なせてしまいました」というような
ことをおっしゃられたのが、忘れられません。必死に積んだ芸を、完成
させず、次代に伝えることもできず、亡くなってしまったことへの、お侘びの言葉。
ああ・・なんて厳しい道なんだろうと、思ったことを思い出しました。
ほんとに、皆さま、長生きしていただきたい。切に思います。


文楽を見に行くと、パンフレットを買うんですが、そこに文楽の技芸員全員の
写真が載っています。床・・つまり、太夫さんたちの少なくなったこと・・・。
彼らがいなくなったら、文楽という芸能は、どうなるんやろうか。そう思うと
まったく、背筋が冷たくなる。歌舞伎ほど派手やかでもなく、お金がもうかる
わけでもなく。一生かけて、物になるかならへんか、わからんという道・・。
そんな道に、分け入ろうとする若者は、おるんやろうか。いつもそう思ってしまう
んですが、このしをんさんの小説が、文楽ブームなんちゅうものを引き起こして
くれはらへんかなあ・・と期待する次第です。

おいしい本箱 http://www.oishiihonbako.jp/index_f.php

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

tomekiti
2008年01月10日 20:54
こんばんは!
ERIさんはすっごい文楽通なんですね!
わたしなんぞ一回も見たことがないので、いつか観に行ってやる!とは思っているんですが・・・。
しをんさんの文楽への愛とツッコミがうまく調和した物語でしたね。
ERI
2008年01月10日 21:41
>tomekitiさん
通・・ではないんですけど、昔から長く見ているものとして、文楽を愛しております。歌舞伎ほどクローズアップされない文楽に、しをんさんがハマってくれはったのは、ありがたい(笑)
見にいってみて下さいね!!ぜひぜひ。文楽は庶民の芸能です。お気楽に・・♪
藍色
2008年02月01日 16:54
しをんさんが夢中になっている文楽の魅力を存分に描き出した作品でしたね。
そしてERIさんの文楽への愛、とってもしっかり伝わってきましたよ~。
念願の大阪弁レビュー、なんとなく京都の雅やかさを感じられて、ええ気持ちになれました(笑)。

バーグマンの映画、「きみの瞳に乾杯」=『カサブランカ』もよかったですね。『ガス灯』も好きです。
『カレンダーボーイ』にもトラックバックさせていただきました。