あんじゅう 宮部みゆき 中央公論新社

画像前作「おそろし 三島屋変調百物語事始」の続編です。
前作もとても面白かったんですが、今回もその筆の冴えは
衰えず。・・というか、ますます冴えて、すっかり時を忘れて
読みふけってしまいました。

小さいながらも裕福な小間物屋・三島屋に身を寄せるおちか。
主人夫婦の姪でありながら、女中として働く彼女には
忘れたくて忘れられない、呪いのような辛い記憶がある。
そんな彼女のもとに、不思議な話をする人が訪れる。
この世の中・・人間という存在が持つ、闇から生まれる
不思議な話しを聴くたびに、この娘が持つ心の重さが
少しずつ色を変えることを、優しい叔父が見抜いて、
周りに声をかけ、不思議な話を集めているのだ。
それは、大抵人に言えない、口をふさいだまんま、あの世まで
持っていく事なのだけれど、「物言わぬは腹膨るる技」という。
誰かに、一度だけ思い切り話したい。ぶちまけたい・・。
その想いを、語り捨て、聞き捨て、という形で、おちかが
聞く・・というのが、この物語の骨子です。

前作よりも、明るい感じ・・というか、少しずつほどけて
いくおちかの心を映すような、可愛い雰囲気の装丁に
なっていて、それにまず心惹かれました。
全ての頁に、南伸坊さんの挿絵がついています。
それが、とても味があって、可愛らしくて・・。
おちかという娘が、毎日その身に纏う着物のように、
はんなりとした、優しい挿絵たち。それを見るだけでも
とても楽しい。心なごみます。一方で、物語は、筆が進むごとに
少しずつ凄みを増し、人という生き物が抱える暗闇の
底知れない深さを描き出していきます。
しかし、宮部さんが凄いと思うのは、その闇をとことんまで
見据えながら、必ず立ち位置は、まっすぐ地についていること。
闇を見ながら、そこに呑み込まれない。酔わない。
人の心の、果てしない厄介さを描きながら、
宮部さんは心を持つこの人間という生き物の、かなしい在りようも含めて
やはり愛しているのだという事が伝わってきます。
主人公おちか。そして、叔父夫婦。女中のおしま。
彼女を取り巻く人々のまっとうさが、何だか胸に沁みるんですよ。


「逃げ水」「藪から千本」「暗獣」「吼える仏」の4篇が
収録されています。どれも完成度の高い中編ですが、
私が一番心打たれたのは、この本のタイトルにもなっている
「暗獣」です。幽霊が出るという噂があって、長らく無人になって
いる紫陽花屋敷に、ある日隠居後の人生を過ごす夫婦がやってくる。
噂の幽霊が出なくて拍子抜けした彼らだが、やはり、何やら屋敷の
中に何かがいるらしい。ある日、とろろ芋を全身にかぶって慌てた
その生き物は、幼い子どものような妖かし。夫婦は、その生き物を
「くろすけ」と云って可愛がる。くろすけは、あまり賢くないものの、
二人のそばで幸せそうで、月や星の夜にはいい声で歌を歌う。
特に妻の方は、まるで自分の子どものように、慈しむ。
しかし、一緒に暮らすうち、彼らは「くろすけ」が少しずつ弱ってきている
ことに気づく。どうやらくろすけは、打ち捨てられた屋敷の人恋しさが
あつまって出来た妖かしらしい。だから、人に愛されてその寂しさが
癒されると、消えていってしまうのだ。

それに気付いた夫婦は嘆き悲しみ・・とうとう、くろすけのために、
また屋敷から出ていくことを決意する。その悲しみが胸に迫って
私はやたらに泣いてしまった。可愛くて可愛くて仕方ないのに。
くろすけも、彼らの傍で生きていたいのに。それが叶わない。
孤独が生み出した寂しさがこごって出来た、いたいけな寂しがりの子を
おいていかなければいけない・・その切なさが胸に沁みて、沁みて。
くろすけがお月さまに向かって歌うか細い声が聞こえてくるような気がして。
また一人になってしまうくろすけに、夫が送った言葉がまた泣けるんです。

私はおまえを忘れない。初音もおまえを忘れない。
遠く離れ、別々に暮らそうと、いつもおまえのことを思っている。
月が昇れば、ああ、この月をくろすけも眺めているだろうなと思う。
くろすけは歌っているかなと思う・・・(中略)・・・なあ、くろすけよ。
おまえは再び孤独になる。だが、もう独りぼっちではない。
私と初音は、おまえがここにいることを知っているのだから。


言葉を交わすことが出来なくても、思いあって、心を交わすことは出来る。
くろすけは、人の心の暗部が生み出した獣なのに、その存在が
人間に愛を教えてくれる。生きていることが抱える悲しみと輝きが
このくろすけの中に詰まっているようで、えらく心打たれてしまった。
このあと、くろすけがどうなったかは、本編を読んでいただくとして。
気難しく、人嫌いだった夫は、このくろすけの事がきっかけになって
寺子屋を開き、子どもたちに学問を教えはじめる。
人は、変われるんだということ。その想いが、おちかの胸を照らす灯りになる。

人間というものは、非常に厄介な生き物です。
これほど醜くもなれ、これほど美しくもなれる生き物は人間だけ。
その恐ろしさと底知れない闇、そして、そこから生まれる愛しい灯りを
こんなにまっすぐ、分厚く描いてまっとうである宮部さんが、やはり私は好きだ。
深く、読み応えのある一冊でした。

中央公論新社が、PVを作っています。凄い力の入れようですね。

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