ピートのスケートレース ルイーズ・ボーデン 福音館書店

画像新年あけましておめでとうございます。

2012年が始まりました。平成になって24年めです。今年もいろいろあるだろうと思います。なぜなら、世界の変わり方があまりにも目まぐるしくなっているから。筒井康隆の「急流」という小説をご存じですか?毎日加速度的に時間の進み方が早くなって、ラストでは時間がどうどうと滝のように流れ落ち、その先はなくなっているというお話です。『宇宙衛生博覧会』に入っていたあの小説を読んだのは、ウン十年前です。あの時は、笑いごとだったあの小説は、最近ではまさに実感この上なしの状態です。年とったから、一年が早いんじゃないの、と言われればそれまでですが(笑)こんな時代だからこそ、爆発するように流れる情報に振り回されるのではなく、人生の中で出逢う縁があるものに丁寧に相対していきたいと思う年始です。

新年のごあいさつはこのくらいで、さて、この本です。
サブタイトルが『―第二次世界大戦下のオランダで―』とあります。当時ドイツに占領されていたオランダで、一人の少年が勇気を振り絞って、命の危険がある友人の少女とその妹をベルギーに送り届けるお話です。少女の父は、無線でイギリスと交信をしていたせいで、ドイツ軍に捕まってしまったのです。一刻も早く、残された家族を匿う必要がある。そこで、スケートで遊んでいるふりをしつつ、少女のヨハンナと弟のヨープを連れて凍った運河を進んで国境を越えるという大役を、10歳のピートが果たすことになるのです。

オランダという国は、スケートが盛んです。岩波少年文庫の『銀のスケート』などにもオランダとスケートのお話が書き込まれていますが、冬が厳しいオランダでは、運河が分厚く凍るんですね。そこを、老若男女皆が、スケートで移動する。この本に、200kmを滑りきる「エルフステーデントホト」というレースの事が書かれていますが、スケートはオランダの国技のようなものなんですね。そう思うと、オリンピックでの長距離スケートの無敵の強さはなるほど、という感じです。この物語の主人公のピートの家は、代々スケート靴を作ることを生業にしていて、彼もスケートが大好きです。しかし、この任務は命がけの危険なもの。「エルフステーデントホト」を始めた英雄のスケーターを尊敬しているピートは、勇敢にこの任務を果たそうとします。凍てつく運河。冷たい風。あちこちにいるドイツ兵。その中を、まっすぐ前を向いて滑っていく少年の勇気が眩しい一冊です。でも、この本の読みどころは、そんな小さな英雄の勇気をたたえるところだけではなく、スケートそのものの魅力と、冬の運河を自分たちだけで滑っていく時の、何とも心細い気持がひしひしと伝わってくるところにあります。

薄青い氷の上を滑っていく、鋭く磨かれたスケートの刃の感触。日没までに到着しなければ、命も危ない・・でも、どんどん日が暮れていく。その綱渡りの一日が彼らの胸に刻み込んだ忘れられない風景が、この絵本には見事に書きこまれています。幼いヨープを連れて、16kmもの道のりを滑りきる。複雑に入り組んだ運河の曲がり角を間違えたら。目指す家にたどりつかなかったら。言葉にはしなくても、ピートの中にそんな不安が渦巻いているのがわかる。そんな彼らを励ましてくれるのは、スイッシュー、スイッシュー、というスケートがたてる音。自分たちの命を乗せていく音・・。読みながら、私もずっとその音を聞いていました。ピートには、その音が、自分を信頼して送りだしたおじいちゃんや母の掛け声に聞こえただろうと思います。そして、自分の後ろにいる少女と幼い男の子の信頼も、ピートの背中を押したでしょう。信じる、ということは、ほんとに強い力です。一人ではないから、頑張れる。ピートをこの冒険に送りだすとき、おじいちゃんが彼を船着き場まで送っていきます。その大きな背中を見ながらピートが滑るシーンがあります。

「じいちゃんは楽々と大またで進んでいく。
ぼくは少しもおくれることなく。
じいちゃんの影におさまってすべっていった。」

たとえおじいちゃんの姿は見えなくても、ピートはこの背中を見ながら進んでいたのかもしれません。そして、ドイツ兵に追求されたときに彼を支えたのは、母からの「おまえなら二人を無事に送りとどけられる」という信頼だった。信頼は、少年を大人にします。こんな信頼を、私は息子たちに与えることがあったかしら。この物語の中に溢れている「信頼」が私はとても眩しかった。この少年の健気さが胸に沁みました。でも、こんな危険な任務に息子を、孫を送りださねばならなかった大人たちの苦しみはいかばかりだったか。でも、やはり送りださねばならないと決断したその勇気が、凄いと思います。私なら・・どうしただろう。答えの出ないことを、考えこんでしまいます。こんな勇気を出さねばならない時代は、もう来てほしくはないけれど・・・来ないという保証はありません。「想定外」などというものは無いのですよねえ、悲しいことに。それは、自然だけではなく、人の心にも言えることです。それは、他人の心だけではなく、自分自身の心の中も同じ。今年も、様々な本たちと共に、心という目に見えないものを追う旅に出ようと思います。ピートのように勇敢にはいかないと思いますが・・それでも少しずつ。

今年も、どうかよろしくお願いします。

2011年11月発行
福音館書店





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この記事へのコメント

ぱせり
2012年01月04日 09:12
ERIさん、あけましておめでとうございます。
年が明けて、またERIさんの文章を読むことができて嬉しいです。

この絵本、私も読みました。
ERIさんのレビューを読みながら、この絵本に張り詰めたぴんとした空気がよみがえってきます。
そうでした、スイッシュー、スイッシュー・・・読んでいるあいだずっと聞いていました。
ピートの健気さもそうだけど、やっぱり、ここで彼を送りだす大人たちの決断、勇気が強く心に残りました。

>こんな勇気を出さねばならない時代は、もう来てほしくはないけれど・・・来ないという保証はありません。「想定外」などというものは無いのですよねえ、悲しいことに。

そうだ、ほんとです。こんなことをさせたくないのはどの親でも一緒ですもんね。だけど、何が起こるかわからないんですもんね。
・・・考えてしまいます。

ERIさんの「様々な本たちと共に、心という目に見えないものを追う旅」という言葉、素敵です。
旅の途上で、ときどき、どこかでばったりお会いできたら、とてもうれしいです。
(と言いつつ、せっせとこちらにお邪魔して読みたい本を物色しているのですが^^)

わたしは、「銀のスケート」を今読んでいます^^
ERI
2012年01月05日 01:33
>ぱせりさん
あけましておめでとうございます。
今年も、ぱせりさんと、たくさん本のお話をすることが出来たら嬉しいです(≧∇≦*)旅は道連れ・・と言いますから(笑)ぱせりさんのご覧になる風景が私はとても好きなので、ぱせりさんのところにも、せっせと伺います♪

この本、張りつめた一日の空気がとてもよく伝わってきましたよね。子ども達の緊迫感もさりながら、私はやはり彼らを送りだした大人の・・きっと、不安に胸を塗りつぶされてていただろうお母さんの気持ちを考えてしまいました。

「銀のスケート」私も好きな本です。ああ・・この季節にぴったりですよね。私も読み返してみようかなあ。