鷹のように帆をあげて まはら三桃 講談社

画像
まはらさんの物語は、いつも「手」がとても重要な役割を果たします。『たまごを持つように』での、ふわりと力を抜いて弓を構える手の大切さ。そして、『鉄のしぶきがはねる』の、旋盤加工を極めるために研ぎ澄ます手。そして、この物語では、主人公の女の子の手は、しなやかに美しい命を乗せるために、まっすぐ差し出されます。手を使うということは、自分の感覚を研ぎ澄ますことです。頭というものは、時として理屈が先行して私たちを悩ませますが、手というものは、使えば使うほどしっくりとモノと馴染んで、私たちを別の次元に連れていってくれる優れもの。しかし、年々私たちは、繊細に手を使うことから離れていますよね。まはらさんが拘る「手」で自分の生き方を探していく愚直さを、私はとても大切だと思います。

理央は、ペットショップで、若い鷹の子に惚れこんでしまう。自分の目の前で交通事故で死んでしまった友達と一緒にヒナの頃から眺めていた子なのだ。事故からずっと元気がない理央を心配した両親は、理央にそのタカを飼うことを許してくれる。モコと名付けた鷹を馴らし、鷹匠として自由に飛ばせてみたい。理央は、モコの訓練を開始する。

鷹は猛禽です。野菜ではなく、他の鳥や獣を狩る生き物。その鳥をしつけ、自分の腕から天高く舞い上がり、戻ってくるように訓練する。しなやかに美しく、誇り高い鷹を自分の腕に乗せるための理央の日々が、いろんなエピソードも交えてテンポよく描かれます。そのあれこれだけでも、とても興味深くて面白い。その昔、たくさん手乗り文鳥を育てた経験はありますが、猛禽を育てるのは、まったく違うんですよね。(当たり前)

食べるものと食べられるもの。厳しい命の理と生きているからこそ研ぎ澄まされる静けさと美しさ。人と鳥という、種を超えた信頼。ややもすると、加害者になりかねない、捕食者としての本能。試行錯誤と失敗を繰り返しながら理央とモコは、高い空を分け合うためにお互い成長していきます。腕に乗せている凛とした命に向き合うことで、理央は大切な友人が逝ってしまった悲しみを受け入れていきます。動物と生きる、一つの命と真剣に向き合うということは、人間にこんなに大切なことを教えてくれる。鷹という生き物の気品とともに、爽やかな空気が流れこんでくるようです。また、その鷹の美しさは、非情さと共にあるということも描かれます。鷹を使って、カラスなどの農作物を荒らす鳥を追い払うのを、害鳥排除というんですね。鷹を飢えた状態にしてカラスを襲わせる。私たち人間が自然に対するときの姿勢に対する問いも描かれることで、作品が奥行きを持ってたちあがってきます。

この鷹匠の女の子という題材に、まはらさんはとても気持ちが乗ってお書きになったのではないかな。テンポがとてもいい。流れがとても自然で、しかもさり気ないのが、いい感じです。いやー、鷹ってカッコいいわ~って、ドキドキしながら読みました。腕に乗せた680グラムの重み。ふわりと風をはらんでしなやかに腕に降りてくるモコと、誇らしく歩いていく少女の姿。読んでいて、とても楽しい一冊でした。

2012年1月刊行
講談社

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

この記事へのコメント